
て同宿の日本人との交流を実現させたい。若い時に外国人と交流することは非常に有益である。異なった生活様式、異なった考え方、行動に直接触れることによって啓発されることは多々ある。日本の若者と比べて、おしなべて外国の青少年は、大人っぽく、たくましい。自立している感じが強い。自己主張もはっきりしている。こうした外国人と接することは、日本の若者にとって自省の機会となる。青年の家に行くといつも外国人がいるという状況を作りたい。
■施設の一層の充実を
最近の青年の家の施設は、いろいろ工夫が加えられ、大変充実して来ている印象を受ける。私はその中で、部屋の広さについて要望を述べたい。基本的に言うと、一人当たりの面積にゆとりが感じられない。建物は一旦作ってしまうと長期間変えられないのであるから、後で後悔するような設計であってはならない。私は、昨年訪独の折り、青少年のための宿舎に泊まり、部屋を観察してみた。4人とか8人の大部屋はなかったので、個室、2人部屋が中心となった。正確ではないが、間口は3メートルから3.5メートル位、奥行は5メートルから5.5メートル位ある。その中にある設備としてベッドのほか、トイレ、シャワー、戸棚、机と椅子が必ずついていた。持参した大きなトランクをひろげるスペースも十分ある。先に国際交流のことを述べたが、日本人より体の大きい外国人が、大きなトランクを持って来ることを想定して部屋の広さを考えなければならない。こうした施設の設計者は、必ず外国の施設を勉強して貰いたいものである。
■おわりに
イギリスの思想家、エドマンド・バークは「国民はその国民の水準以上の政治を持つことはできない」と喝破した。この言葉は政治に限られたことではない。例えば「官僚」「マスコミ」「教育」という言葉を入れてみてもピッタリである。結局、その国を良くするためには、国民の水準を上げるしかない。今迄は、社会に出る前のこの作業の多くを学校が担ってきた。しかしそれだけでは、不十分なことが明らかになった。今こそ社会教育が名乗りをあげる時ではなかろうか。そしてその中核を青年の家が担っていきたいものである。
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